【地球空洞説】第12章~ナチスとチベットを繋いだ人物

 

 

そもそもなぜ、ナチスとチベットが結びついたのか?
今回はそのきっかけから入っていきたいと思います。

それは、カール・ハウスホーファー(※)という人物の影響があったと言われています。

 

 

カール・ハウスホーファーはドイツの代表的な地政学者である。
ハウスホーファーは第一次世界大戦で数々の軍功をあげた将軍であり、
大戦後はミュンヘン大学の地政学教授となった。
そして彼は「ミュンヘン地政学研究所」の所長も務めた人物。

 

 

ハウスホーファー・・・彼には秘教的な傾向もあったとされ、

1908年から数年間、武官として日本に滞在し、その間に禅の研究を行なったとのこと。

その来日前に、インドやチベットで諜報活動に従事しており、チベットでラマ僧から奥義を受けたそうです。

 

 

また、彼はベルリンに「ヴリル協会」(※)といった秘密結社をつくりました。

 

 

 

ヴリル協会
イギリスの作家ブルワー・リットンの、
未来の超人種に関する著書『来たるべき民族』に触発されて結成されたオカルト結社。

 

「ヴリル」とは『来たるべき民族』に登場する
ある種の宇宙的流動体(中国でいう気のようなもの)を呼び起こすための精神集中訓練を行なうこと。

その他として、アーリア人種の根源を探る目的もあったとされている。

 

 

 

このミュンヘン大学教授のハウスホーファーは、
ランズベルク刑務所において運命的な出会いをすることになります・・・

 

 

それは、1923年ミュンヘンのビヤホール暴動に失敗して捕らえられていた「アドルフ・ヒトラー」との会見です。

 

 

 

この会見はヒトラーの片腕であり、
ミュンヘン大学で教授の教え子でもあったルドルフ・ヘスの仲介によって実現したのです。

ハウスホーファーは毎日のようにヒトラーを訪れては、オカルティズムによる世界征服という思想をヒトラーに植え付けたとのこと。

 

 

こうしてハウスホーファーは、1920年代にはヒトラーの政治顧問を務め、

同時に「トゥーレ協会」(※)の黒幕
ディートリヒ・エッカルトに次ぐ、ヒトラーの第2の「秘教助言者」となったのです

 

 

 

トゥーレ協会
1918年にミュンヘンで結成された秘密結社。
極端な民族主義・反ユダヤ主義を主張する団体。
また、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の母体の一つ。

 

 

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オカルティズムが繋いだナチスとチベット

 

その後、ハウスホーファーの後押しにより、ナチスは何度もチベットに調査団を派遣することになり、

1926年から1942年まで毎年派遣された調査団は、チベットの僧侶に接触し、深い関係を築きあげていったそうです。

 

 

 

1926年頃には、ベルリンとミュンヘンに小規模ではあるが「チベット人区」ができあがり、

また1929年には、チベットの海外本部がドイツに設立され、ベルリン、ニュルンベルク、ミュンヘンに支部が置かれたとのこと。

 

 

しかし、チベットはナチスに全面的に協力したわけではなかったのです・・・

 

ナチスに協力してくれたのはチベットの一派だけで、彼らはドイツでは「緑の男の会」として知られていました。

これは数百年におよぶ日本の「緑龍会」との強いつながりから来ていたといいます。

 

 

ベルリンでは、ヒトラーは「緑の手袋をした男」とも呼ばれるチベット教団の指導者と定期的に会っており、

この人物は透視力と予知力に長けた僧侶で、ヒトラーがドイツの指導者になる正確な日付ばかりか、第二次世界大戦が始まる日付まで予言したそう。

 

 

この正確な予言がオカルトに興味を抱くナチ党員の間でたちまち広い関心を呼び、

ヒトラー同様ヒムラー(※)もまたチベットに強い関心を抱くようになったのです。

ハインリヒ・ルイトポルト・ヒムラー
国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の親衛隊(SS)の
第3代親衛隊全国指導者に就任して党内警察業務を担当した。

 

 

 

そしてベルリンにオカルト訓練カレッジを開設し、
(ナチ党)の親衛隊(SS)の幹部には特に魔術課程をとるよう命じたそうです。

 

 

次回はヒトラーが地球空洞説に心酔したきっかけを書きたいと思いますので、
よろしくお願いいたします。

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