今回は、ある記者が「ナチス第四帝国」についての
情報をつかんでいたとの記録があるのでまずは、その人を紹介します。
それは「ケン・スネル」(※)という人物です。
※ケン・スネル:
オーストラリア在住のジャーナリストで
『サイゴン・デイリー・ニュース』紙の記者。
彼はベトナム戦争で活動していた1968年頃に、「ナチス第四帝国」に関する衝撃的な情報を入手しました。
ナチス第四帝国の謎
当時、取材でブンタオに滞在中に彼の元へピンリン・グローガーと名乗る17歳の少女が訪ねてきたといいます。
彼のことは新聞のコラム(ヒトラーにまつわるミステリーを記事など)で知っていたそうです。
彼女はハノイ生まれで、父親は生まれたときは既に蒸発して行方知れずになっていました。
ピンリンは9歳になると伯母のところに預けられ、その3年後に母親が亡くなったとの手紙が届いたと言います。
その手紙は、ピンリンの両親をよく知るチベットの僧侶ヒップ・シーリンからのものでした。
その手紙で母親の死と同時に、自分の父親の衝撃的な事実を知ることに( ̄□ ̄;)!!
そこにはなんと、彼女の父親カール・グローガーは、
SS(ナチス親衛隊)で、ヒトラーの側近のマルチン・ボルマンの部下だったと書いてあったのです!
↑マルチン・ボルマン
しかも彼は、ドイツの敗戦に備えてヒトラーや
科学者ら政府の要人たちを逃亡させるルートを確保するという極秘任務についていたとのことでした。
ドイツ敗戦後、彼女の父親は僧侶ヒップ・シーリンの寺院に身を潜めていたようです。
そして彼女の父親カール・グローガーは「世界で最も権力のある2人の人物に会いに行きます」と言い残して、寺院をあとにしたという。
その後、チベットの奥地から寺院を訪れたラマ僧によれば、チベット東部の寺院に「謎の2人連れ」が滞在しており、その2人を見慣れない武器を持った兵士が護衛していたとのこと。
おそらくその2人とは、ヒトラーとマルチン・ボルマンだったのでしょう。
カール・グローガーは1948年に再びハノイに姿を現します!
そして再び僧侶ヒップ・シーリンの寺院に泊まったが、そのときは3人の科学者と一緒だったそうです。
ヒップ・シーリンは、そのうちの一人が「宇宙旅行の鍵を握る人物だ」と紹介されたという。
また彼らはカール・グローガーの案内で、ある場所に行ってきたとも話しました。
「そこはどこですか?」とヒップ・シーリンが聞くと、「世界の果てさ」と、カール・グローガーは笑いながら答えたそう。
カール・グローガーが次にハノイに戻ってきたのは3年後の1951年で、このとき彼はナチスの秘密を一部、僧侶ヒップ・シーリンに明かしたという。
「私の祖国は地球上でもっとも進歩している。しかもある【別の存在】から援助を受けているんだ。
今、我々が生みだしているものはすべてが驚異的なものだ。
【別の世界】まで飛んでいける飛行装置や地球の中心まで侵入可能な飛行潜水艦。それから巨大な都市も建設した」と。
そこまでいうと、カール・グローガーはしゃべりすぎたという気まずい表情を見せたという。
しかし僧侶がさらに「そこはどこにあるのですか?」とたずねると・・・
「空路じゃ無理だが、陸路なら行くことができる!月は見えないが、そこには地球の太陽が見える・・・そんなところさ」
と言い残し、彼は去っていった・・・
その後、このカール・グローガーの話は『サイゴン・デイリー・ニュース』紙の「ケン・スネル」のコラムで紹介され、大きな反響を呼んだと言います。
「手紙に書かれたことは事実である可能性はきわめて高い。とにかくこの謎の鍵を握っている人物がほかにもいるはずだと・・・」
彼はこう記してコラムを締めくくっています。
(━_━)ゝウーム
興味深い内容ですね。
地底世界「アルザル」の中央には、地球内部の中心的太陽とも言われる「セントラル・サン」が燦然(さんぜん)と輝いていると言われています。
カール・グローガーの話す地球の太陽とは、そのことだったのでしょうか??
次回はいよいよ南極に話を移していこうと思いますのでよろしくお願いします。
コメント