神智学協会との出会い
1900年8月22日、シュタイナーはベルリン神智学協会の図書室でニーチェについての
講演を行ったのをきっかけに、この神智学教会と深く関わるようになります。
神智学協会(しんちがくきょうかい、英: the Theosophical Society)は、ヘンリー・スティール・オルコット、ヘレナ・P・ブラヴァツキー、ウィリアム・クアン・ジャッジらが1875年にアメリカのニューヨークで結成した神秘思想団体である。
中心人物であったブラヴァツキーの思想は近現代の主要な神秘主義者たちに直接間接に影響を与え、のちのアメリカのニューエイジにおける様々な思想・信仰、大衆オカルティズムの起源とされる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/神智学協会
▲ヘレナ・P・ブラヴァツキー(左)とヘンリー・スティール・オルコット(右)
この神智学協会の会長は、夫であるオルコットでしたが、実質的には前述したヘレナ・P・ブラヴァツキー夫人という「霊能力」をもつ女性が主体の団体でした。
彼らはキリスト教だけでなく東洋の宗教がもつ秘教的で複雑なシステムを導入し、まったく新しい総合的な宗教体系を築こうとしていたのです。
当時のヨーロッパでは「唯物論」があらゆる分野で幅を利かせていましたが、それに対し既存の宗教とは別の新しい宗教をもとめる運動もまた非常に高まっていました。
神智学教会は、そんな人々のニーズにぴったりの「神秘性」と「論理性」を兼ね備えた存在だったのです。
▲神智学協会の紋章(蛇に卍にアンク十字に六芒星)
神智学(しんちがく)とは、神秘的直観や思弁、幻視、瞑想、啓示などを通じて、神とむすびついた神聖な知識の獲得や高度な認識に達しようとするものであり、聖典や啓示の解釈を通じて神や世界の秘密を探ろうとする知的・精神的営為、存在と自然の神秘にかんする秘教哲学の体系、あるいはその神秘についての直接的な知を得ることを目指す探求を指す。
〈神智学〉は、西洋伝統思想に仏教など多様な宗教・思想を折衷して作られた。様々な宗教や神秘思想、オカルトをひとつの真理の下で統合することを目指すものとされ、古代エジプト、神秘主義、ヘルメス思想、ギリシア哲学、キリスト教、新プラトン主義、グノーシス主義、カバラ、ヴェーダ、バラモン教・ヒンドゥー教(アドヴァイタ・ヴェーダーンタ、ヨーガを含む)、仏教(特に、チベット仏教を含む北伝仏教)、ゾロアスター教、魔術、錬金術、占星術、心霊主義、神話、フリーメーソン、薔薇十字団などが様々な文脈の中で引用されたり語られたりしている。
神智学を簡単に言えば、霊的世界を研究し神と交わったり、 合一 したりすることで叡智を手に入れようとする学問です。
シュタイナーも、神智学協会の存在を知っており、多くの宗教の中では珍しい論理的な特質を高く評価していました。
しかし、仏教やチベットの密教など、神秘的な東洋の宗教の影響を強く受けている点が彼には納得できず、それまでは関心を持つだけにとどまっていました。
ところが、そんな思いとは逆に神智学協会のメンバーたちは、シュタイナーの講演に感動し、彼への講演依頼が殺到することになります。
こうして、彼は神智学協会においてブラヴァツキー夫人と並ぶ存在になり、
シュタイナーは、神智学協会のドイツ支部長となります。
神智学協会との決別
1891年5月8日にブラヴァツキー夫人が亡くなった後は、夫であるオルコットが一時的に協会をリードしていましたが、
すぐに協会の主導権は、アニーベサントと言う女性に移りました。
アニーベサント
彼女はそこで、女性の参加を認めるフリーメイソン系の団体を立ち上げようとします。
また、協会幹部であったチャールズ・W・レッドピーターが14歳の少年ジッドゥ・クリシュナムルティに徹底的英才教育を施し、彼をキリストの再来と仰ぐ「東方の星」教団を設立。
ジッドゥ・クリシュナムルティ
もともとこうした東洋の神秘宗教への傾倒に否定的だったシュタイナーは、こうした動きに反対し、ついに協会と袂を分かちます。
ドイツ支部の名前を「人智学協会」へと改め独立したのです。
その後、彼は神智学協会から、協会の名前を利用して知名度を上げた裏切り者として批判されますが、その人気に陰りはありませんでした。
人智学(アントロポゾフィー)とは、シュタイナーによって創設された、霊的な世界観・人間観とその実践の総体を指します。
人智学は、20世紀の人類の為に、新しい霊的な世界像・人間像への道を開こうとするものである。
このような人智学的世界像の根幹はヨーロッパの精神文化、特に哲学的認識論とキリスト的なものの体験の裡にあるものとされる。引用元:人智学(アントロポゾフィー)について
アントロポゾフィーは次のように説明することができます。「人間とは感覚や心の動きから外界の印象を感知する――この知見が人類学。この方法論を精神的レベルにまで応用したものがアントロポゾフィーで、感情や思考からも外的環境を認知できると考える」と。シュタイナーは、ギリシャ語で人間を意味するanthroposと、叡智を意味するsophiaを合わせて、「アントロポゾフィー」と名付けました。
引用元:アントロポゾフィー
新たな挑戦
独立して才能を自由に発揮できるようになったシュタイナーは、演劇や舞踏などの台本や演出を手がけるだけでなく、それらの活動の拠点として、スイスのバーゼル近郊の寒村の丘に、2つの巨大なドーム「ゲーテアヌム」の建設を開始します。
それは巨額の資金を集めて彼の思想を具現化した神殿で、木造建築による美しい曲線建造物でした。
シュタイナーが建てた「ゲーテアヌム」
この間、ヨーロッパでは第一次世界大戦が始まり、当事国であるドイツ国内は戦禍に巻き込まれてしまいます。
しかし、山の中に建てられつつあったこの建物はその間にも着々と建設が進み、無事完成にこぎ着けました。
ナチスとの対立
しかし、20世紀に入り世界は急激に変貌をとげつつありました。
特にドイツは第一次世界大戦での敗戦後、共産主義勢力と国内の異民族に対抗する形でナチスが急激に勢力を伸ばしつつありました。
その指導者ヒトラーのもつカリスマ性は、皮肉なことにシュタイナーのそれと共通するものがあり、
そのためか、ヒトラーはシュタイナーの存在を、共産主義者やユダヤ人以上に危険視するようになります。
ですので、1920年代の初期のナチスにとっての最大の敵は、ルドルフ・シュタイナーであり、ヒトラーは「第一次世界大戦でドイツが負けたのは彼らの思想であり、唯一、完全に抹殺したい人物」とまで言わしめています。
そんな状況の中、1922年12月31日の大晦日の夜、「ゲーテアヌム」が何者かに放火される事件が発生します。
それは、シュタイナーが800人もの聴衆を前に講演を行っていた最中の出来事でした。
後日、「ゲーテアヌム」の火災のあとから、放火犯と思われる人物の遺体が発見されるのですが、この男が、熱狂的なナチスの支持者であったことから、彼らの犯行であることが濃厚になります。
また、この放火事件の前にもミュンヘン駅構内で、銃撃されるという暗殺未遂事件にも遭遇しています。
シュタイナーはこのようにナチスから徹底的に攻撃されるようになりました。
そして「ゲーテアヌム」放火事件から約1年後の1924年1月、ドルナッハでの夜会の最中にシュタイナーは突然、原因不明の発作を起こし倒れると、その日を境に衰弱と一途をたどり、1925年3月30日(64歳)で亡くなりました。
※一説には食べ物に毒を盛られたという説もあります。
そして、シュタイナーが亡くなってから8年後の1933年に、ヒトラー政権が誕生しました。
シュタイナーの予言
シュタイナーは、「アカシック・レコード」にアクセスして人類の未来を数億年先まで知ることができたと言われています。
それらの中から予言をいくつかご紹介したいと思います。
ヒトラーの悪魔性を予言
実はシュタイナーは、ヒトラーやナチスがまだ無名の頃からその危険性を指摘していました。
「もし、彼らが大きな勢力を持つようになればヨーロッパに大きな不幸をもたらす」と予言していたのです。
そして、シュタイナーの予言通り、ヒトラーは独裁者となり、第二次世界大戦の火蓋が切られたのでした。
共産主義の崩壊
シュタイナーは、1920年の段階で共産主義が70年間存続すると予言しています。
予言通り、1971年のロシア革命によりソビエト社会主義共和国連邦となりました。
そして、1991年に崩壊して現ロシアになるまで、約70年間、共産主義が続いたのです。
狂牛病の発生
1923年の時、「もし牛が直接牛肉を食べるならその牛は狂うだろう」と予言しています。
予言通り、1980年代に牛の餌に牛肉を混ぜて与えたためイギリスで狂牛病が発生しました。
それ以来、未だに狂牛病の不安が続いています。
暗黒邪神の降臨
様々な予言を的中させているシュタイナーは、人類に起こる災いについても予言しています。
2000年に入ると暗黒邪神が降臨し、人間の成長を妨げ大きな厄災をもたらすと…
暗黒邪神とは、ゾロアスター教の悪神アンラ・マンユ(アーリマン)のことで、キリスト教の悪魔やサタンの原型となったとも言われています。
アンラ・マンユは全ての悪を司る存在なので、今現在、その邪神は人の姿をして世界を牛耳っているかもしれません…
頂点は日本
ルドルフ・シュタイナーの著書「天地の未来ー地震・火山・戦争」の中に
「日本は、地球の頂点に位置する」というちょっと面白い記述があるので最後に紹介させていただきます。
シュタイナーは、「地球の本当の形は、球体ではなく四面体だ」と述べています。
一般的に四面体とは下のような形です。
・正四面体
シュタイナーによると、「これらの三角形の平面を湾曲させた」ものが地球の形であるようです。
以下は、講演の際にシュタイナーが実際に描いたとされているものです。
・Anthro Med Library
文字を日本語にすると以下のようになります。
日本が地球の頂点に位置していますが…
どうしてそうなるのかよくわからないと思いますので、シュタイナーの書籍から抜粋します。
1906年の講演『地震の深淵』より
地球が球体だというのは空想にすぎません。
地球は球体であり、球体として形成された、と言われています。
しかし、地球が球体であるというのは正しくありません。
地球は実際には、本来どのようなものか、説明しようと思います。
地球の形態は四面体と呼ばれている形態です。
三角形が四つあります。底辺に三角形があり、さらに三つ三角形があって、ピラミッド形になっています。
三角形が四つ境を接しているのが四面体です。
さて、これらの三角形の平面をいくらか湾曲させる、と考えてみてください。
そうすると、やや異なってきます。丸くなりますが、まだ固定していません。
直線だった三角形の辺は丸くなります。こうして、丸くなった四面体ができます。
このように丸くなった四面体が、私たちの地球なのです。これは、ある程度まで確認できることです。
地球四面体の縁を見出すこともできます。地球を平面図で描いてみましょう。
北米・南米があり、その中間に中米があります。
そしてアフリカがあり、ヨーロッパがあります。
小アジア、ギリシア、イタリア、スペイン、フランス、つまりヨーロッパです。上にはスカンディナヴィア、イギリスがあります。
それからアジアです。
下に南極があります。南極のまわりには、たくさんの火山があります。
上に北極があります。私たちは線を引くことができます。
メキシコ南西部のコリマ山のあるアメリカ中央部から発して、アンデス山脈を通って、南極にいたる線です。地球の縁は丸くなっています。
四面体の底面の角に中央アメリカ、南極、コーカサスがあります。そして、頂点に日本があります。
このように地球を思い描くと、宇宙のなかの湾曲したピラミッドのようです。
頂点は日本です。
底面には、アフリカ、南米、太平洋の南部全体があります。
このような湾曲した四面体、一種のピラミッドとして、地球は宇宙のなかに存在しています。これが地球のもともとの形です。
将来的に地球が分断する場所に引かれた「地球の縁」
興味深いのは、シュタイナーが「地球の縁」と呼んで、線を引いている場所です。
シュタイナーの描く「地球の縁」は、アフリカの火山集中地域を通っているのですが、
ここは、大地溝帯と呼ばれていて、将来的に分断されると地質学的に考えられている場所なのです。
大地溝帯は、主にアフリカ大陸を南北に縦断する巨大な谷で、プレート境界の一つである。大地溝帯の谷は、幅35 – 100km、総延長は7,000kmにのぼる。
今のままで行けば、数十万 – 数百万年後には大地溝帯でアフリカ大陸が分裂すると予想されている。
この大地溝帯は、アフリカ南部から、中東のイスラエルまで続く巨大な断層で、地球が大きく変化する時には、「ここで大陸が分裂」すると言われています。
ここに、シュタイナーが「地球の縁」として線を引いているのが面白いです。
大地溝帯でアフリカ大陸が分断されるのは、数十万年後のことだと思いますが、1906年の時点で、シュタイナーは、この大地溝帯からアフリカ大陸が分裂することを知っていたのかもしれませんね。
今回は、かなり長くなってしまいましたが、ルドルフ・シュタイナーについては、まだまだ書く事柄が多いので、また今度、書き足りなかった部分をまとめてみたいと思います。
また、次回もよろしくお願いいたします。
コメント
ずっと更新待ってました\(^^)/
もう一気に読み上げてしまいました!18歳の時のシュタイナー、イケメンですね笑
クオス様
コメントありがとうございます。
神様(隠語)からのペナルティがあったり…その他諸々あり…更新がかなり遅れてすいませんでした^^;
今後ともよろしくお願いいたします。