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国歌『君が代』はヘブライ語だった!【日ユ同祖論】の謎 | 究極のまとめ.com

国歌『君が代』はヘブライ語だった!【日ユ同祖論】の謎

言語:

日本人として生まれ、日本に育った人であれば誰もが知る国歌『君が代』

しかし、その歌詞の意味わかって歌ってる?と聞かれると・・・

・・・正直、全くわからないまま歌ってる人も多いと思います。

自分もそうでした^^;

と言うか、国歌の歌詞の意味を日本人の9割以上が知らないそうです。

君が代の歌詞

君が代は千代に八千代にさざれ石の巌(いわお)となりて苔(こけ)のむすまで~・・・

ん~・・・やっぱりわかりづらい^^;

調べてみると「君が代」が作られたのは1000年も前の大昔で、古今和歌集の短歌のうちの1つなんだそうです。

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「君が代」は恋文だった。

古今和歌集では、「君が代は」の部分が「我君は」となっており、「我君」とは、当時女性が男性を呼ぶときの言い方です。

これは、つまり「君が代」の元々の歌詞は女性が男性に送った恋文だとされています。

しかし、元の歌詞のままでは女性しか歌うことができないので、

「我君は」を「君が代は」に変え、性別関係なく歌える歌に作り変えたとのこと。

そして、日本は天皇陛下を中心に続いてきた国で、日本ほど歴史の長い王国は他にはなく、

これほど長く日本を守ってきた天皇陛下に敬意を払うといった意味での「君が代」になりました。

「君」は天皇陛下を表し、天皇陛下の世が永遠に続きますようにという意味になるそうです。

それでは、「君が代」の現代訳です。

君が代は

(私たち(天皇)の世が時代を超えて)


千代に八千代に

(千年、万年と永遠に)

さざれ石の 巌(いわお)となりて

(結束し、協力し合い)

苔のむすまで

(固い絆を結び継いでいこう)

もし、学校で先生が生徒に「君が代」の歌詞の意味を聞かれたら以上のように説明すれば良いと思います。

でも、小学生には理解しづらいかもですね^^;

ただ、「君が代」については、解釈が数多くあり、これが正しいというものが実はないそうです。

元々恋文だったのが作り変えられて現代の国歌「君が代」になっていたってことも知りませんでしたが、

問題なのは、「君が代」は1000年前の『古今和歌集』に登場した読人しらず(不明)の短歌を参考にしているそうなのです。

曲がついたのはそれから更に約千年後の1880年(明治13年)。

元々、誰が詠(うた)ったか不明の短歌の歌詞を国歌にするってのはいまいち腑に落ちません・・・

そこで、調べてみたら別な面白い説が出てきましたので、それを今回紹介いたします。

前置きが長くなってすいませんでした^^;

『君が代』は、ヘブライ語だった!

面白い説というのは、国歌『君が代』をヘブライ語に訳すると、別の意味が出てくるのです。

【日本語】   

キミガヨハ・チヨニ・ヤチヨニ・サザレイシノ・イワオトナリテ・コケノムスマデ

【ヘブライ語】

クム・ガ・ヨワ ← (立ち上がり神を讃えよ)

チヨニ ← (シオン※の民)※イスラエルの歴史的地名

ヤ・チヨニ ← (神の選民)

ササレー・イシィノ ← (喜べ残された民よ 救われよ)

イワオト・ナリタ ← (神の印(預言)は成就した)

コカノ・ムーシュマッテ ← (全地に語れ)

つまり、『君が代』をヘブライ語で訳すと

「立ち上がり神を讃えよ 神に選ばれしイスラエルの民よ 喜べ残された人々 救われよ 神の預言は成就した これを全地に知らしめよ」

となります。

何か、こっちの方が意味がわかりますね^^;

他にも、ユダヤ人言語学者ヨセフ・アイデルバーグ氏の著書によると、

他言語との類似点が少ないとされる日本語には、ヘブライ語と類似した単語が3000語を超えて存在すると紹介されています。

その中の一部を紹介いたします。

アンタ=あなた→日本語:貴方

バレル=明らかにする→日本語:ばれる

ダベル=話す→日本語:だべる

コオル=冷たい→日本語:氷

シャムライ=守る者→日本語:侍

アラ・マー→どうした理由・何?

グル→団結する

ダマレ→沈黙を守れ

ハッケ・ヨイ→投げろ、やっつけろ

ノコッタ→投げた、征服した

ワル→凶悪者

この他にもまだまだありますが、

以上のように、日本とユダヤの言葉は驚くほど共通点があるのです。

2千年前イスラエルの「失われた10支族」が日本に来ていた

今回、何故このような説を紹介したかと言いますと、

約2千数百年前に、イスラエルを追われた一部の古代イスラエル人(=ユダヤ人、ヘブライ人)が日本に移り住んだという説が実はあるのです。

紀元前722年、アッシリアにより滅ぼされた北イスラエル王国の「10支族」(失われた10支族)の一部が

シルクロードを通り日本に上陸していたという説があります。

彼らが来ていた証拠に日本の地名にもその名残があり、京都の太秦(うずまさ)は古代ヘブライ語の

「ウズ」(光)「マサ」(賜物)が語源であるとする説。

また、平安京をヘブライ語に翻訳すると「エル・シャローム」と言います。

これは、つまり「エルサレム」のことですね。

英語とスペイン語のように近い国の言葉ならともかく、

イスラエルと日本という遠く離れた国で似た言葉が多くあるのは、過去に日本でその言葉を話していた人がいたと考えられています。

以上のことから、日本人とユダヤ人(古代イスラエル人)は共通の祖先をもつという説があり、

これを『日ユ同祖論』といいます。

この説についてもかなり深い謎があるので、また次の機会に紹介させていただきますのでよろしくお願いします。

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