江戸時代に現れたUFO!?「うつろ舟」の謎

UFO

 

 

 

前回は徳川家康の未知との遭遇?「肉人」事件をやりましたので、

ついで…と言っては何ですが、今回はもう一つの江戸時代に起こったと言われている

滝沢馬琴の『虚舟(うつろぶね)』←【UFO説】のお話もご紹介しておきます。

 

 

 

これは、その馬琴が自ら会員だった文化人の集まり=「兎園会(とえんかい)」の中で語られた奇談・怪談をまとめ、

『兎園小説』と題して刊行した物の中にあるお話です。

 

 

 

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江戸時代にUFOが出現か!?うつろ舟の怪

それは享和三年(1803年)2月22日の事・・・

常陸国(茨城県)の「はらやどり」という浜の沖合いに、舟のようなものが見えたので、村の漁民たちが多くの小舟を漕ぎ出して捕まえ、浜辺まで引き寄せて来ました。

 

 

その舟は奇妙な形で、直径3間(約5.5m)ほどのお香の入れ物のような丸い形、上部がガラスと障子を張ったような感じ・・・船底は金属の板を筋のように張りつけてあったのだとか・・・

 

 

すると、中には見慣れない風貌の女性がひとり乗っていたそうです。

 

 

これが兎園小説に描かれている異国の女性と(うつろ舟)です。

確かにUFOっぽいですね・・・^^;

 

 

 

その女性の眉と髪は赤く、顔はピンク色。髪は白くて長い辮髪(べんぱつ)※で、背中に垂らしていたとのこと。

※この蛮女の髪が白いのは白粉を塗ったためであろうと言われています

 

女性には言葉が通じなく、どこの者か尋ねることもできなかったそうです。

 

彼女は、二尺(約60cm)四方の箱を持っていて、特別愛着のあるものとみえて、片時も離そうとせず、誰にも触らせようとしなかったとも・・・

 

 

村の漁民たちが船中にあるものをつぶさに調べたところ、水二升が入った小瓶、敷物二枚、菓子のようなもの、肉を練ったような食料があったとのこと。

 

 

その異国の女性は村の漁民たちが集まって話し合っているのを、微笑みながらのんびり見ていたといいます。

 

また、その舟に下の画像のような謎の文字がたくさん書かれていたのだとか・・・

 

 

村の長老は
「きっと異国で罰を受けて流されたのだろう」
と、推測し、事件として「幕府に届け出よう」との声もありましたが、届け出たら出たで大事になるのもめんどくさいので、そのまま、また沖へ流してしまったというのです。

 

 

・・・( ̄  ̄;) うーん

 

ただの漂着事件にしては変ですよね。

乗ってた女性もなんかミステリアスで見慣れない民族衣装のような感じですし・・・

 

だいたい、こんな形の舟とか上の画像の謎の文字とか使っている国なんて、当時存在したのでしょうか?

 

 

これはやはり、海に不時着したUFOなのでは?と思ってしまいそうですが・・・

 

 

 

この事件、もっと興味深いのは

事件を記録しているのが馬琴のこの「兎園小説」だけではなく、
他にも下記のように様々な文献に書かれているそうです。

 

・兎園小説「虚(うつろ)舟の蛮女」(曲亭馬琴、天理大学附属天理図書館蔵)
・「弘賢随筆」(屋代弘賢、国立公文書館蔵)
・梅の塵「空(うつぼ)船の事」(長橋亦次郎、無窮会専門図書館蔵)
・木版摺物(作者不明、船橋市西図書館蔵)
・「鶯宿雑記」(駒井乗邨、国会図書館蔵)
・「漂流記集」(著者不明、西尾市岩瀬文庫蔵)
・2010年、茨城県水戸市で発見された古文書(個人蔵)
・2012年4月、【茨城新聞】異国美女漂着「うつろ舟」奇談 日立の旧家に新史料

 

 

ちなみに上記の「梅の塵」という文献では、うつろ船を「空船」って書くようですね。

「空っぽ」の「空(うつ)ろ」の意味なんでしょうけど、なにやらUFOを暗示させる感じでこれまた気になります・・・

 

 

・・・と、ここまで書いたのは、今まで語りつくされていた「うつろ船の蛮女」のお話ですが・・・

 

 

実は、この「うつろ舟」について新発見の史料が見つかったとのことなので、紹介させていただきます。

※この資料は、誰によっていつ頃書かれたのか、一切不明。

 

しかもその文献には、新たな情報が書かれているそうです( ̄ロ ̄;)

 

 

これが新発見の史料です。


 

 

 

これによると、その異国の女性は、「五日ほど生きており、その間食物を与えたが食べなかった。」とあります。

また、この女性、最後は死んでしまうそうです・・・(・Θ・;)

 

他の資料、たとえば馬琴の兎園小説だとまた舟に戻されて海に流されますが、それ以外の史料では、

結局その後女性がどうなったのか語られないままウヤムヤに終わるのが大半です。

 

 

この史料では、「五日程生きて居り候」とありますように、漂着して五日後に亡くなります。

 

 

また、「食物をくれそうらえども食ハず」と、食料を与えたものの、全く手をつけなかった様子が記録されています。

 

その新発見の史料には、漂着5日目の夕方 女性が亡くなる直前に、このような謎の文字を書き残した、とあります。

 

 

これは、遺書のようなものでしょうか・・・

それとも何か大事なメッセージを伝えたかったのでしょうか・・・?

 

何と書かれているのかはもちろん分かりませんし、他の史料でも、こんな遺言のようなものを書き遺した、なんていう話はありません・・・

 

 

そして最後は衰弱のためか、息絶えて寺に葬られた、とあります。

この結末も他の史料では見られないものです。

 

 

 

( ̄へ ̄|||) ウーム

 

 

新発見の史料が見つかったと言っても・・・これでますます謎が深まってしまいましたね・・・・(・Θ・;)

 

↑この乗り物は結局何だったのでしょう・・・?

やっぱりUFO??

 

 

この謎については、また新たな史料が発見されることを期待しています。

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