【地球空洞説】第16章~ナチス第四帝国の謎

地球空洞説まとめ

 

ヒトラーは南極にも興味を抱いていたことは知られています。

そのため、南極にはナチスの基地があるとか、真しやかにささやかれていますが

実際のところはどうだったのか??

 

その辺りも興味があるので、ナチスの南極探検についても追ってみたいと思います。

 

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南極を獲得しようとしたナチス

当時、他国は、ナチスが南極に軍事基地を作るとは考えていませんでした。

南極は遠く、あまりに不便な土地であるため、費用対効果がないことは明らかだったのです。

 

 

そういうことから、もしナチスが南極に進出しても脅威とはとらえられていなかったと言われています。

 

その証拠に、南極地方でのドイツ軍の動きに注意を払う国はほとんどなかったのですが、

北極地方におけるドイツ軍の軍事拠点づくりには、多くの国が過敏に反応していたようです。

 

 

しかし、ヒトラーは本気で南極進出を考えており、基地だけじゃなく、ベルリンなみの都市まで建設するつもりでいたとも言われているのです。

これがいわゆる「ナチス第四帝国」というものです。

 

 

第三帝国の落日が目に見えて迫る頃になると、アドルフ・ヒトラーを筆頭に、

国家社会主義ドイツ労働者党の高官や親衛隊らをスペインや南米の国へと脱出させるためのプランが練られたと言います。

このような逃亡支援のためのグループが幾つも組織されたとのこと。

これについて元ナチスの高官が興味深いことを証言しています。

 

 

 

「かつてアルゼンチンへ来る船の中で、ゲシュタポ(秘密警察)の長官ミュラーが不思議なことを私に言ったことがあった。

これで第三帝国はおしまいだろうかという私の問いに対して、ミュラーはこう答えた。」

「第三帝国は12年で終わったが、まだ第四帝国がある。総統(アドルフ・ヒトラー)はその準備をなされておる。」

・・・と。

 

さらに「時機到来までは時間がかかるだろう。一世代や二世代、もしかしたら三世代かかるかも知れぬ。

我々の生きている間に実現するかも疑わしい。」とも語ったようです。

ヒトラーと今後のナチスの運命に関して何か確実に知っているような口ぶりだったとのこと。

 

 

(-_-)ウーム

 

「一世代や二世代、もしかしたら三世代」という辺りから本気で第四帝国を目指しているような感じは受けますね・・・

 

それについてもう一つ興味深い記録があるので紹介します。

ドイツから25万人の男女が失踪していた!

 

ドイツにも日本と同じように住民登録制度があるそうですが、戦後ドイツに進駐した連合国側にとって、この住民登録制度は非常に役立ったと言います。

ナチ戦犯狩りや犯罪者の割出しに利用出来たからだそうです。

しかし・・・同時にある信じられないような事実が判明しました!

 

住民登録と実情を照会した結果、ドイツ国内から25万人という膨大な男女が消えていたという事実が浮かび上がったのです!

 

これは戦争や病気で死んだ者、捕虜となって収容所に入れられている者などをすべて除いての数字であったそうです。

せまいドイツにこれだけの人間を隠せる場所はないので、連合国側は頭を抱え・・・

 

この事実についていろいろと調査したのですが、ハッキリとした結論は出せなかったとのこと

( ̄ー ̄;)ゞ

 

 

彼らはナチス第四帝国を作るためにどこかへ連れて行かれたのでしょうか???

 

 

それは、もしかしたら南極へ・・・

 

 

 

また次回もナチス第四帝国と南極探検の謎を追って行きますのでよろしくお願いします。

コメント

  1. GEN より:

     これは想像、というより妄想のレベルですが。
     ベルサイユ条約とその後の賠償金の支払いはドイツにとり重く、ルール占領を経て高インフレにみまわれ、ドイツ国内の経済状況・政治混乱は人身を疲労させていたのではないでしょうか。
     ナチズムを肯定するつもりはありませんが、ヒトラーはシャハトを起用するなど、経済政策に成功しました。国家社会主義労働者党の名の通り、労働者の福祉に注力し、世界初とされる有給休暇を制度化して(どこかの国とは異なり)その高消化率をも実現しました。保養所を作ったのも初とされます。また、1930年代のこの時代に海外旅行を推進し、積み立てにより、かなりの割合の国民が一生に一度は海外旅行をし、最低でも国内旅行をできるようにしました。アウトバーンを作り始め、間に合わなかったとはいえ国民車構想を推し進めました。娯楽を重視し、低価格の国民ラジオを普及させました。1935年にはテレビ放送を開始、当然娯楽放送も試聴できたし、高価なため街角ホールを数多く作り、誰もが見られるようにもしました。スポーツ観戦や余暇活動の充実にも気を配りました。プロパガンダ目的との批判を否定はしませんが、この時代に国民へ娯楽を重視した政権でした。
     第一次世界大戦後の暗い世相を経たドイツ国民にとって、新時代の訪れに感じられたのではないでしょうか。そんな状況を経た人々であれば、例え敗戦が間近にせまり、求心力を失った政党に対しても、25万人位付いて行ったとしても不思議ではないと思います(どこかの国の政党員とかサポーターの数も、数十万~百万人位ですし。戦下で国家という価値観が強調された時代でしたでしょうし)。問題は、痕跡を残さずにどうやって消えたか、くらいではないでしょうか。その情報自体が機密になっているのかもしれませんが。
     本当にナチについて行ったのかは分かりません。あるいは粛清だったのかもしれません。何があったかは判断しようもないですが、連合軍の逮捕(死を待つのみ)を逃れ、コンゴで身分年齢を隠して傭兵をしていた元将校の話を読んだ事があり、その印象からかんがえると、上記のようなことを思う次第です。世界は我々が思うほど単純ではないと。
     

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